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ゆとり教育 [社会問題]

今までの日記リストです。     http://blog.so-net.ne.jp/life-ayu/2007-08-16-7

 

 教育の再生とかで、近年進められてきたゆとり教育をやめようとか、戦後教育の理念の教育基本法が改正されたりとかしています。就活に多くの時間とられる学生・悲鳴あげている現場など、なんかさまざまな問題かかえているそうです。

広田さんが日経にゆとり教育のことについて書かれていました。近年悪のレッテル貼りつけて袋叩きが流行したいるようですが、ゆとり教育失敗を文科省の暴走(悪者に仕立て上げようと)とされているそうです。財界・保守的知識人も含めた幅広い支持で進められてきたものだそうです。90年代経済悪化でこの支持してきた人達が意見かえて、ゆとり教育は文科省(当時文部省)のせいにしたようです。

ゆとり教育は、学校教育の内容を減らして子どもの側にゆとりを作れば、知的な創造性が育成できるはずだ、という考え方だったそうです。「独創性に富んだ人材が少ない」と心配する財界人も、「子どもたちが詰め込み教育で勉強の意欲を失っている」と心配する左派の人たちも、多くの人が、おおむね「創造性を」と思い、賛成していきたそうです。

広田さんは問題点は早急すぎると指摘しています。以下引用

広田さんの意図を正確に伝えるためよければ原文どうぞ。http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20071112/140401/?P=2

『「ゆとり教育」路線が依拠していた新学力観には、創造性や問題解決型能力の養成ということがうたわれています。経済のあり方が知識集約型に変わっている中で、これまでとは違った能力が必要とされている。財界筋の主張はそこにありました。そこは私も理解できます。

 しかし、当たり前のことですが、創造性というものは、知識や経験の積み上げの上にあるものです。そりゃ、芸術や数学方面などでは「若くして独創的」みたいな人物もときおり出現する。でもそれはごく一部の分野の、さらにごく一部のケースに例外的にあてはまることです。』  引用終了

 

 

ある人達が女性の大学院卒で日本企業に就職できなくて、外資で年棒2000万でやとわれた話していました。「日本企業では従順に手足となり働く人材が欲しいんだ・高学歴の女性やとわないのは当然で女性差別ではない」という意見でした。差別される側にしたら、これは差別なんですけど。創造性とともに主体性・自主性もそなわってくるかも?なんか上記の財界のかたのと少し話しがちがうような・・・? 

近年国権介入傾向です。押し付け画一的・統一的価値観にならないようにかなり気をつけないと。創造性・主体性・自主性が育ちにくくなるかも?人権にもかかわるかも?○○のいいなりでなく自立・自律・人へのおもいやりには道徳叫んでおしつけるよりなにかがいるのかもしれません。

ゆとり教育は失敗だったかどうかうちはわかりません。でもこれはいえると思います。人々にゆとりがなくなってきています。「無駄」が必要なのかもしれません。

 


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