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対立の構図 [報道]

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 初めての方は、コメントくださる前にまず、はじめましてをごらんくださいね。
http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/archive/c35382141-1


 世界人権宣言60周年です。人権週間で人権イベントもひらかれたりします。多くの人は「人権はいらない」「人権いうのはわがままだ」なんてまさかおもっていないでしょう。
でも現実人権がおかされている人達がいます。そうでなくても私達の人権は危ういものの上にあるのかも?
そんな中こんな記事がありました。

宮崎勤、宅間守らが残した"難題" 死刑囚を最も知る男が見た「死刑の穴」
文・逸見信介さん/「サイゾー」12月号よりのものです。

 世の中なんか信じられない事件がおきますねえ。個人がおこしたもの、群集心理?で多数の人によるものとかいろいろありそうです。
犠牲になられた方は気の毒です。ご冥福をお祈りします。

 死刑制度云々でなく、この記事で問題とされているのは、事件報道の問題のように見えます。多数派の死刑存続と少数派の死刑廃止の対立構図煽りかねないように見えます。


 以下記事より
「今の報道のシステムって分厚いように見えて、実は穴がいっぱいあるんですよ。事件が発生してから最初の3カ月ぐらいは、集中的に取材して報道するけども、その後はパタッと終わってしまう。それから半年か1年もすると、担当者も代わってしまうというようなレベル。事件を長く追う、ということをしていないんですね」
「テレビのような不特定多数の人が観るメディアで、宮崎の手紙をそのまま紹介する、というようなことをやると、当然抗議が殺到するんですよ。(以下省略)」  

 多極的な報道がしにくいとこの方はみているようです。そういえば戦前は鬼畜英米で、英米研究がたたかれやすく、情報不足で判断あやまりかねなかったそうです。英米の全部を非難し続けなくてはいけなかったらしいです。英米では内容はともかくとして日本研究していたそうです。なんかそのこと連想しました。



個人が引き起こした?事件だとよくでてくるのが精神鑑定です。
以下記事より
 「精神鑑定で、たとえば統合失調症と認められると、死刑にできなくなってしまう。だから裁判所は、そういう結論の精神鑑定は採用しないんです。また、検察側が提示する犯行の動機というのは『性的関心で』とか『わいせつ目的で』とか、非常にわかりやすいんですよ。理解し難いロジック、必要のない精神医学的な関心は、全部切り捨ててしまうんです。おじいちゃんっ子だった宮崎にとって、祖父の死というのは明らかに大きな意味を持っているんですが、判決のロジックだと、ほとんど意味を持たなくなってしまう。やはり責任能力の有無を判断するためだけの精神鑑定ではなく、真相解明を目的とした精神鑑定も継続して行う必要があるでしょう」

責任能力云々だけでなく、真相解明のためのものも必要かもしれませんえ。
これには長い年月がいるように思えます。



 以前取り上げた事件では、被害者(有色人種)の人達の怒りが頂点に達して、「殺せ殺せ!」の大合唱で盛り上がり、加害者とみなした白人の家におしかけて一家皆殺しにします。白人の弁護をした有色人種も同罪とされて殺されてしまいます。 



 別の事件ではある女性が突然何人かの人に囲まれて理由もなく(加害者とは面識もなく、トラブルはありません)いきなりおそわれて殺害されるという悲惨な事件があります。加害者は社会的にしいたげられていたようです。その苦しみが要因にあったようです。

 加害者は死刑にならず、遺族を和解して基金が設立されたそうです。この悲惨な事件をわすれないで、もう起きないようにしたいという願いがこめられているそうです。



 
 人はいつ事件や事故の被害者になるかわかりません。社会問題とかで脆弱な立場(犠牲者)になるかもわかりません
被害やあやうい立場に追い込まれたら支援充分あるんでしょうか?
誰にもささえてもらえずこわれていく人がいたら悲しいです。

監視強化厳罰より、一人一人を尊重して見捨てない世の中にもう少しむかっていけたらと思います。みんなでもう少し支えあえたらいいかも。一人じゃかかえきれないことは少なくないかも?


悲劇の再生産をくいとめるのはとても難しそうです。

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shira

 悲劇の連鎖を食い止めるには、「なぜ?」と問い続けることが不可欠でしょう。そのためには、簡単な答えで片付けたくなる誘惑に負けず、しつこく「でも、なぜ?」と問い続けねばなりません。忍耐力がいります。
 何よりも「あんな奴死刑にしてしまえばいい」と思った時点でそういう忍耐力は消えてしまいます。
by shira (2008-12-14 09:09) 

ayu15

なるほどねえ~。問い続けるんですね。
by ayu15 (2008-12-15 22:53) 

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