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人の幸せ [学問]

以前どこかのブログに国か人の営みかというのがありました。
どう考えても人の営みが先です。ある学者の方々曰く、うちは知らなかったんですが、私達のイメージする「国」は18世紀ごろからだそうです。それ以前はまた少しちがう概念だったそうです。
『本当?タイムマシーン乗って確かめに行きたいです。』
でもゼロからでたわけでもないので、どっからが国??都市国家も国?
なんにせよ人が先です。

じゃあ~人が先だから国はいらない??
なんていうわけにいかないですよね~。でも大昔だと???だらけなんでちかいとこで。

 ある研究者の方々のお話を整理するとアメリカ建国時は小さい政府の発想だったらしいです。本国社会や国の秩序・制約が息苦しくて、夢をもってきた人達だそうです。
なんでもあちこちに小グループを作り、自分達が協力し合い生きていたそうです。

政府は軍事と外交だけでいいということで政府を規制するための憲法だそうです。市民が政府にこれだけやりなさい。と与えたものだそうです。
 軍事は市民監視では決してありません。欧州国からの介入防ぐためのものです。
道徳云々も社会秩序云々で人権制約もありません。社会保障もありません。


 じゃあどうしてたんでしょう??この方々からはその話はあまりありませんでした。ただアメリカ政治の専門家の方によると中央政府は小さい(憲法で役割規定)が地方政府の権限はそれなりにあるそうなので地方政府レベルの社会保障はあるかも?



 もっと究極の小さい政府は政府を辞めてしまうことかも。つまり建国以前のアメリカ状態です。欧州介入なければ政府不要だったかも?


 ある学者がいうにはそんなアメリカも母子家庭補助があるそうです。知人の准教授が私の収入と同じぐらいあるとぼやいていました。
うちの憶測ではこういう例はゆとりが少ないと目立つと思うんです。自分はがんばってこの程度なのになんで・・・!となるんでしょう。

 ある学者がいうには不安定雇用}(簡単に都合で解雇される)で過失ないのに解雇された人が生き延びるために離婚するケースがあるそうです。夫はホームレスとなり、妻は母子家庭補助で子育てということです。


 アメリカや欧州は個人主義といわれたりするそうです。家族の世話にべったりというわけでないそうです。妻が親の介護とか家族で解決なんていう発想ではないそうです。

  いらいろきいてもやはりわかりませんでした。

国はなぜいるのでしょう? “前人未踏”の48期連続増収増益ではこうあります。「企業や組織、あらゆる団体は人間が幸せになるために作ったものじゃないのか」
http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2009-06-22#more

なにか困って助けが要る時必ずたすけてくれる国てよさそうです。「自分でなんとかしなさい。」ですますなら国なんていらないのかも?
自助・共助・公助この3つがあればいいなあと思います。
うちは画一的強制が好きじゃないです。ひとくくりでみないで、助けが要る人に支援がいきますように。


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ayu15



小父蔵さんありがとうございます。

by ayu15 (2009-06-26 23:04) 

ayu15

あいこさん、幸せは一人の力だけではなかなかつかめなさそうです。なにかささいなことでもいいので人へのサポート心がけたいです。
by ayu15 (2009-06-30 08:39) 

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