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共に生きる 自分らしく  入学編 [教育]

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 初めての方は、コメントくださる前にまず、はじめましてをごらんくださいね。
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 世の中何かの要因で障害(障がい)とか病気とか抱えて生まれたり、事故や病気とかで不自由なところがでてしまうことがあります。
もちろん治療で完全に治るといいんですが、残念ながらまだそこまでいかないこともあります。

 
 先月??ある女の子(仮にAさん)がやっと学校に入学できたそうです。
その記事みてうちはうれしかったです。
「おめでとう!」といいたいです。


小学校? 中学?高校?どれか忘れました。仮に中学とします。
人は中学生活・中学生てなにを思い浮かべるでしょう?当たり前の中学生生活てどんなの思い浮かべるでしょう?

宿題わすれて先生に怒られた?
授業中騒ぎまくって廊下に立たされた?
スカートの丈が短いと先生に注意された?
ボール遊びして窓ガラスわって職員室に呼び出された?
バレンタインの日にクラスの女子からチョコがくるかどうかで当日勉強が手がつかない?

いろいろあるでしょうねえ~。



 でもこれは入学してはじめて起こりうることです。中学生として認められる、受け入れられるのが大前提なんです。
認められ受け入れられて初めて機会があたえられるんですよ!

 うちの憶測ですが、きっと入学を拒んできた人は自分達は「差別・偏見」している意識はないと思います。「区別」は当然の措置・しかたない措置とかんがえているのかもしれません。

 このAさんは移動に車椅子が必要なんです。「受け入れには設備投資がいる・予算が取れない・誰が世話する?誰が責任もつの?!」という声もでたかも???別に悪人じゃないんです。

  
 でもそのために、Aさんは普通に生徒でいることを結果的に否定され機会をうばわれていたんです
他の人と少しでも同じように学校生活おくれる機会を奪われたんです。

 入学はゴールではありません。スタートです。いままでスタート地点にさえたたせてもらえなかったんでしょう。
Aさんの学校生活はこれからはじまるんです。
Aさんもクラスのみんなも先生も共に学びあい、設備じゅうぶんでなくても支えあい、心豊かに充実した学校生活をおくれることを心から願っています





 ケース2
うちの直に知っている所のことです。

ある車椅子が必要な女性(仮にBさん)と話していました。

うち「よければどうですか?」とうちの知っているところを紹介しました。
Bさん「スロープは?エレベーターは?トイレは?」とかいろいろ聞いてきました。

そこは個人の自宅利用しているところです。そういうのはなにもありません。

うち「ごめんなさい自宅利用なのでないんですよ。でも手を貸しますよ。ぜひあなたにも来て欲しいです。」と答えました。
Bさん「私にくるなと言っているのと同じですよ。私は力かりずに一人で動きたいんです!」

うち「・・・」

Bさん「支援するならいい加減な事するな。しっかり本気で取り組みなさい!」
うち「・・・」

そこで話は終わりました。


 Bさんのような考え方もあるでしょう。人の手を借りずに移動したいですよね
「まず自分が完全にできてそれから支援・支援するなら責任もちしっかりと!」というどこかの「右翼の論客?」と言われる人も書いていました。

 それはそれでありでしょう。でもうちとはあいそうにないなあと思いました。

 うち自身誰かに支援され支えられたいです。一人ではとても脆弱な存在ですもの。自分をちゃんとなんていってたら一生人の役に立たないお情でいかされる存在になってしまいそうです。
 「生かせてやってるから文句言うな!がまんしろ!言う事聞け!」とか道徳右翼?な世論に怯えながら自分殺していきていくのは不本意です。



  人権も機会も認められ受け入れられ始めて発生するのかも?

人は誰かを支えて誰かに支えられてないと社会的に生き続けるのは大変のようです。

車椅子が必要な人・筆談が必要な人・日本語が不自由な人・病弱な人・障害や病気で大切な胸(乳房)を失った女性・性的不能の男性・・・・・・・その他いろいろ。
あなたは○○だから(○○と認めない)とかでお断りで排除されやすい人のようです。こういう区別を差別偏見と言っていいかも。

その人が中学生であること・日本人であること・女性である事・男性である事・その他・・・。これらは他者や社会は否定してはいけないんです。 でも「らしさ」の強制もよくないです。

一人一人を大切にしていきたいです。それには互いを認め合い暖かいまなざしてみていく広く寛容な心をもっていきたいです。

教育はある意味共育なのかもしれません。



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コメント 3

ayu15

きぃさん、ありがとうございます。誰もがシカト?されることなく学校にいけますよに。
by ayu15 (2009-08-04 12:17) 

村野瀬玲奈

Bさんにどう答えたらいいか悩みました。でも答えが出ません...。
by 村野瀬玲奈 (2010-10-10 14:12) 

ayu15

村野瀬さんコメントありがとうございます。この日記は日常レベルでうちの大事にしたいこと・伝えたいこと・思い・苦悩が詰まっています。
ぜひみなさんにみていただき、相手を存在否定なんかしないで普通に生きれるように何が自分にできるか考えてもらえたらと思います。

Bさんは考え方が大きく違うのでうちレベルではどうしようもありませんでした。でも少なくとも上記の思いに共感してもらえる人にはささやかでもなにか手をさしのべたいです。
by ayu15 (2010-10-10 21:14) 

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