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百聞は一見に如かずだった [社会問題]

最近とりあげているゴリラネタです。

この前、ゴリラのドラミングがでてきました。
眼を合わす・顔とかいりいろと対面しなくてはいけないようです。
猿は見つめるのは威嚇だそうですが、ゴリラは仲直りなどだそうです。

{コミュネケーションは対面していたのかも}


 距離感には社会的距離があるそうです。テーブルはさんだぐらいの距離感でしょうか。
それに対して公衆距離があるそうです。これはモニターできていないそうです。


 うちはなんどかメディアなど取り上げています。このメディアは社会的距離・公衆距離を操作できるそうです。
公衆距離で話しているのに個人距離でうつされたりします。話し手は実感できません。

視線とか何百万年もしてきたことは変えられないでしょう。百聞は一見にしかずの世界だったのがメディアによって壊されてしまったそうです。




 他人の目を気にしないで自分だけの判断になるそうです。見えない集団ができたりします。
1相手の環境が理解できない
2判断できない
3視覚的に見えない
こういう状況で評価することになるそうです。

人は全体の表情受け取っていたそうです。でもそれが文字が表情帯びたそうです。
とげのある世界に住んでいる!そうです。


 孤独感があり共感への渇望・同じ世界に生きている実感だそうです。
{なんか少し漠然とした「右翼思考」や右翼化がちょぃみえてきそうな}

{この一体感???を国単位民族単位などに求めると右翼化ぽぃ。

それは「右翼思考」になっちゃうかも?
自分の判断した基準に外れた人を「道徳」「規律」など使う言葉はすれぞれですが、仲間はずれにします。はずされる人が「悪」で差別偏見?する自分が正義となり攻撃的になりやすいような。}




 ルソーさんは「人はもともと対等・法によって差別できた」と述べたらしいです。人が作った法が人をあやめたり追い詰めたりします。



 右翼思考でなくなぜ「今日から友達だよ。一緒に遊ぼうよ!」(過去の日記より)とならないんでしょう?
論拠もちだしてあなたは○○じゃない!と存在否定してちゃんと仲間としてあつかわないなんてひどくないですか?! 同じ共感でも個性をわがままととらえたり、基準にみたないと仲間外れするような共感はおかしいです。 排他的・画一的強制でなく個々の尊重・尊厳を守って共生できる方向にしたいです



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ayu15


ランさん
shiraさん
takemoviesさん
ありがとうございます。
とげのある世界より「仲間はずれ」にされない誰もが「生きれる」ようにしたいです。
by ayu15 (2010-11-29 08:33) 

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