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5対1   神社編 [人権]

life---生まれてきて良かったと感じられる社会に
--苦悩の狭間-- ☆  一人一人を大切にして見捨てない社会に。みんなが自分らしく生きれますように♪

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初めての方は、コメントくださる前にまず、はじめましてをごらんくださいね。
http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/archive/c35382141-1






shiraさんがブログにこういうの載せておられました。

以下ブログより


では、出題を。
 次の2つの文章は同一新聞でほぼ同じ時期に掲載された社説である。
 1 両者を読み比べて、共通点と相違点を指摘しなさい。
 2 1と出題を踏まえて、問題点を指摘しなさい。

 解答は次回。

◆◆<起立条例成立 教委も毅然たる指導せよ>
卒業、入学式などの国歌斉唱時に教職員に起立斉唱を義務付けた大阪府の条例が府議会で可決され、成立した。
 国旗、国歌に敬意を払うあたり前のことが教育の場で守られていなかった。全国でも初めての府条例制定を機に、教育委員会も毅然(きぜん)とした指導を徹底してもらいたい。
 条例は次代を担う子供が伝統を尊重し、国と郷土を愛する意識を高めることを目的に掲げた。国歌斉唱時の起立のほか、学校などの府施設では国旗を常時掲揚することも義務付けられた。
 橋下徹府知事が代表を務める地域政党「大阪維新の会」が条例案を提出した際、「強制の必要があるのか」との批判も根強かった。指導する側の府教委の教育長までが「条例による義務付けは必要ない」などと府議会で答弁した。
 だが、教委の指導や処分が厳正に行われず、結果的に不起立を放置、容認する実態があったからこそ、条例が必要となったのだ。
 東京都教委は起立斉唱の通達と校長の職務命令を出し、従わない教師らを厳しく処分している。大阪府教委は昨春、ようやく起立を拒む教師の懲戒処分に踏み切ったものの、昨春、今春ともに数人が処分されただけだった。  問題が少ないわけではない。今春の府立高校入学式で不起立教師がいたのは全体の2割近い27校計38人にのぼった。職務命令が出ていないために処分を免れた例も多く、校長が「見て見ぬふり」をするケースもあるようだ。
 3年前には、門真市の中学校卒業式で式の前に一部教師が「自分は起立しない」などと伝え、卒業生も国歌斉唱時に起立しなかった問題が起きている。国旗、国歌の大切さを教える限られた機会に教師が背を向けるようでは、国旗、国歌を自然に尊重する態度をはぐくむことはできまい。
 橋下知事が「国旗、国歌を否定するなら公務員をやめればいい」と厳しく指摘したのは当然だ。ましてや、公教育を担う教師が自らの政治的主張を子供に押しつけるようなことは許されない。
 学校現場では、今も国旗、国歌の指導に反対する人々との板挟みで苦労している校長らが少なくない。条例制定で正しい指導がしやすくなるはずだ。
 祝日に家庭で国旗を掲げる伝統も薄れがちだ。普段から国旗や国歌を敬う教育を心掛けたい。(産経新聞 6月5日)◆◆

<ドイツの脱原発 実態知らずの礼賛は禁物>
 ドイツの脱原発が決定的になった。6日の政府閣議で正式合意に達したためである。同国内にある17基の原発は2022年までに全廃される。
 福島第1原子力発電所事故を契機に、世界で急速に高まった反原発世論に押された結果のエネルギー政策の大転換だ。
 日本国内にもこの方向転換を評価する声がある。だが、手放しの脱原発礼賛は禁物だ。ドイツ経済や国民生活などへの影響を慎重に見極めたい。
 環境先進国を自負するドイツの国内でさえ、産業界から憂慮と懸念の声が上がっている。産業用の電気料金は既に高くなっており、脱原発でさらなる高騰が避けられないからである。同国の産業競争力の低下は欧州連合(EU)全体の景気低迷を招きかねない。
 原子力発電の特長は、安い電気を安定的に生産・供給する力があることだ。福島事故とそのあおりで、日本国内の原発は3分の2が停止している。各電力会社は火力発電の量を増やして代替しているため、燃料代がかさんでいる。
 原発の停止状態が継続すると国内9電力の負担増は、年間2兆円の規模となる。この巨費が料金増に転嫁され得ることを、国民は見落としてはなるまい。消費税率アップに換算すれば、約1%増に匹敵する規模である。
 ドイツの脱原発は一国の選択としては尊重すべきだが、同時にドイツのエネルギー事情の実態を知っておくことが必要だ。ドイツは電力の約半分を石炭火力でまかなっている。太陽光発電に熱心な一面のみが伝えられがちだが、現実は違う。
 これだけで驚いてはいけない。ドイツは原発停止で不足する電力を隣のフランスから輸入するが、フランス産電力の8割は原発で作られたものである。ドイツの脱原発は「自国内では生産しない」という名ばかりの「脱」である。
 全原発の停止に踏み切ることができるのは、欧州全域をカバーする電力網が存在するからだ。島国であり、エネルギー資源小国の日本では、こうはいかない。
 福島事故を受けて日本政府はエネルギー戦略の見直しに着手しているが、安全性と安定供給を両立させての原発堅持が不可欠だ。
 ドイツの決断は、エネルギーと経済の両分野にまたがる遠大な実験だ。その足取りを、これからしっかりと見届けたい。(産経新聞 6月8日)◆◆




以上


うちはチャレンジしたんですが、結局共通点を述べることができませんでした。
長文なのに・・。直観的に同じ匂いがするんですがうちにはそれを説明することができないんです。


しかも小論文というよりタダの感想レベルのような・・。
(shiraさんのブログのコメント欄にお粗末な家の回答を書いてます) 


 この問いどうです。面白くないですか??よければみんなもどうぞ。



 

 前者はルール守らない人は処罰すべきという意見が見えます。それはいきすぎという意見は載せていますが記事書いた人は中立でなく処罰推進の立場が見えます。
判決文(補足含めて)をどこまで読んだのでしょう?この訴訟起こした背景は?歴史的過程(当時の)は?現場の実態は??まるでみえないし触れていません。見えるのは「けしからん」の一点張りです。
当然、当時のことはうちも知りません。おじいさんおばあさんの話で聞くぐらいでしょう。そもそもどうだったんでしょうね?



 後者は、実態知らずの礼賛は禁物とあります。一見前者と逆に見えます。前者は礼賛で後者は礼賛禁物です。



 相反する考えや理論展開がなされているような??


 アメリカや日本ではどういうわけか、リベラルの新自由主義と全体主義方向の新保守主義の考えが自分の中で共存している人たちがいます。



 お正月の日記で取り上げた功利主義でいくと少数の人を犠牲にするのが「正義」となるようです。
 これに対抗?したリバタリアンは「小さい政府」で国や社会の都合でも奪ってはならないものがあるという理念です。それで功利主義に対抗したようです。

 功利主義でいくと全体主義的な国歌強制も容認されてもリバタリアンでは「余計なお世話」となるようです。
リバタリアンというのは政府にあまり口出しされたくないそうです。


 あるリバタリアンの意見では愛国心叫んだ?教育基本法改正も、子供手当もどちらも余計なお世話だそうです。 
また、欧州では新自由主義に?反対する新保守主義の人もいるようです。新自由主義はいいかえるとグローバル主義・リベラル・規制緩和だそうで新保守主義の伝統!秩序!規制強化となり相反することもあるそうです。









 話とんで



ぴょょ~~~~~~ん



神社にお参りとか行ったりしますか?
多くは神社には鳥居がありますよね。



さて質問です。

Q
神社に参拝に行きました。鳥居が本殿に行く途中にあります。あなたは鳥居をくぐっていきたいですか?
前提条件は神社側(所有者管理者)はどちらでもいいとしています。

仮にくぐりたいとします。もしくぐろうとするのがあなた一人で、他の5人はくぐらずに外から写真撮るとすれば??


さあどうでしょう?

1は皆さんの進みたい道などです。
2は空気です。

空気読んで?諦めますか??

忘れないでほしいのはどちらかが「正義」ではありません。



2の場合で考えます。

Qもしあなたがくぐりたい派で自分の方が多数ならくぐりますか?
写真撮りたい人どう思いますか?
その逆は??


ここが問題になると思います。
選択でなく思考が問題です。
5対1ならわかりやすいですが、実際は数も多いしどちらともいえないこともあります。


仮にどちらかが多数というのが明確だとします。そして多数に合わせるべきと考えた人にお尋ねします。




Q 自転車が多数で右を走っています。狭い道です。さああなたはルール守り左走りますか?


Q もしルールより空気だと思ったあなたはルールは非現実的だとルール守らないのもありだと言えますか?

赤信号みんなで渡れば怖くない青で来る人の方が空気読んでないから悪い!となりそうです。
これて戦前かナチスかソ連か・・・?






 鳥居に戻ります。



例えばですが
1鳥居をくぐるのが日本の伝統だからマナーである。しないやつは不敬だ!
2記念に写真撮るのは常識だから鳥居くぐると迷惑だからマナー違反だ。
3多数派でないのほうががマナー違反だ。自己中だ!
強引に単純化したらこの3択ですどうですか?





 鳥居くぐる。写真撮るどちらがいい悪いではないと思えませんか?
もう一度言います。問題は選択というよりその思考だという気がします。
空気・多数派かどうかで白黒つけて相手が悪いとしてしまう、相手の方が迷惑かけているという考え方てなんかねえ・・・。




 5対1   ・・・自己犠牲求める声http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-05-29では公共事業に反対した人を「自己中」と町内みんなに広報しています

うちは建設してくれたら便利だな~て思えます。でもそれを広報でしていいの?反対意見の人を攻撃するような書き方していいの??




 鳥居の3択の書き方にあれ?と思った人いますか?
そう3つともこの自己犠牲求める声の広報書いた人の思考に近いように書いてみました。



 ごみは誰のもの? http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2010-09-04でもその思考が怖いです。「ルール守らんやつは許さん!」とルール作る側が作られる側を攻撃的発言(実力行使つき)してます。
以前書いてますがどうみてもつっこみどころありおかしな理屈にしかみえません
なにがおかしいかは「ごみは誰のもの」をどうぞ。



 一発免停 http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-03-23-1ででてきた市議も同じ思考回路かもしれません。
みえてくるのは「けしからん」です。相手の存在否定になりかねませんが相手はこの市議の否定なんてしてません。強制に失敗してもこの人たちは生活失わないでしょう。でもやられる方は人生かかっています。一方的攻撃です。


 







 我が家にも憲法で同じようなこと書きましたが、
ある家庭の話。ワンマンのおとうさんがいます。経済を握っています。ルールやマナーはお父さんが作ります。さからうと「ルール守れ!」と非難されて罰があります。まるで某知事です。
 ルール作るおとうさんを唯一制約できる家庭憲法?はお父さんの意向で改正され言うこときかない家族に対して家族の義務を強調するようになりました。 

 でも少なくとも普通??おとうさんは家族を思い愛してくれているでしょう。
 愛してくれないおとうさんならこれはもうやばぃ[どんっ(衝撃)]


 家族や友人に「そういうのはまずいよ!ということありますか?気まずくなるかもしれませんよね。
でもそれは相手を大事に思えばこそでしょう。相手を見るでしょう?!あいてみて言いすぎたとか修正しようとか思うでしょう。自分もどろかぶったりもするでしょう?




 市議とか某福祉団体?の人などこれらに出てくる人にはそういうのはみえません。あるのは排除排斥に思えます。その共同体から自分が異質(自分が容認したくない)とみなした人を、悪人ときめて・悪人には人権は不要となるようです。


自分こそがルール守っている正義である。でも自分が容認してないルールは認めない。
某議員・某福祉団体など「道徳だ!」「秩序だ」「「ルール守れ・従え!」とよく言う人になぜかこうなることが[どんっ(衝撃)]

 自分が容認したルールで守れてない人は「けしからん」「救済に値しない」というのが見えます。
{どういうわけがそういう人に限り、ルールのルールである憲法には敬意払わない}





 うちのよく使うキーワードが

「右翼思考」
「レミングの群れ」
「まな板の上の鯉」
です。
うちが勝手に使ってるので広辞苑ひいても出てきませんよぉ~![あせあせ(飛び散る汗)]



 うち自身がこれらを説明できません。
この3者と国歌の記事書いた人にはこの3つのキーワードが出そうな気がするんです。彼らは少なくともまな板の上の鯉でなく包丁持つ側でしょう。



 後者の記事の原発ですがこの一見相反するものに共通点見出すとすればこのいままで述べてきた思考で逆に原発反対の視点でかけるでしょうか?

原発温存の立場で子の思考でない書き方はできるでしょうか?



これができると国歌記事と原発記事の共通点がみえそうな気がします。







一発免停 http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-03-23-1
ごみは誰のもの? http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2010-09-04
5対1   ・・・自己犠牲求める声http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-05-29

守るべきものhttp://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-02-20
ユニバーサルシティhttp://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-01-30

無縁社会の話 http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-01-29マイケルさんコラム
努力の対価? http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-01-03政治哲学
土地は誰のもの? http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-01-02-1政治哲学
ひかりごけ http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-01-02政治哲学

人の振り見て我が振り直せ3 http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2010-10-10
ごみは誰のもの? http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2010-09-04おかしな理屈?
都なのに国  http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-02-06-1 某知事
一発免停 http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-03-23-1

5対1http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-02-28 マイケルさん登場
レミングの群れにならない http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-01-25
朗読 http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-01-07憲法の感覚

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yuuri37

コメント、ありがとうございました(⌒▽⌒)
by yuuri37 (2011-06-15 13:13) 

ayu15

こちらこそ(⌒▽⌒)

by ayu15 (2011-06-17 11:40) 

shira

 遅くなりましたが、記事紹介とTBありがとうございました。
 ホンネを言えば、私がくだんの2本の社説に抱いた感覚はあゆさんのものとけっこう似ているんです。ただ、それをそのまま言葉にしても、結局同じような感覚を持っている人に「そーだそーだ」という感じでしか判り会えない。私が小論指導に没入していった理由は、小論はどうやって読み手に「なるほど」と思わせるのかという技術だからです。
by shira (2011-06-17 23:19) 

ayu15

shiraさんの文は論理がすっきりまとまりなるほどと思わせますね。

延々と書いたのに結局共通点は、うちは「同じ匂いがする」のいいかげんな一言でした。

でも原発といいサブプライムといいうちの直観はまあまああたるんですねえ・・・。

by ayu15 (2011-06-20 18:57) 

ayu15

人の振り見て我がふり直せ  ・・・.
.http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-06-24

イライラ
http://life-ayu.blog.so-net.ne.jp/2011-06-17
もよければどうぞ。
by ayu15 (2011-06-30 23:25) 

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