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歴史の英知 [政治]

ベアテさんが来日し京都・東京他数箇所で講演されています。

 ベアテさんはウィーンで生まれて、5歳の時日本にきて15歳でカリフォルニアの大学進学まで日本にいました。日本社会で育ったともいえるでしょう。ベアテさんはその間リアルに日本の女性を見てきました。夫の後ろ下がって歩く・家に人がまねかれても会話に参加しない・給仕をする・夫の給料コントロールするなどです。家庭では存在感がありましたが社会的権利はありませんでした。

 

 大学の学長の「女性は結婚・家事だけでなく、教育うけて社会に還元しなければいけない」という言葉が心に残ったそうです。留学中に国交断絶により孤立してしまいます。両親は日本なんです。収入得るために報道機関の職を得ますが、当時は女性は記事を書かせてもらえませんでした。リサーチのお仕事です。19歳で大学卒業してのことでした。世界をまわり軍国主義とかいろいろみてきたそうです。数ヶ国語が自由にはなせたそうです。

 

 戦後、日本に戻るために、軍のお仕事を得ました。さっそく家に行きましたが、石の柱が一本立っているだけでした。お隣さんや近所のお家もみんな焼けていたそうです。ベアテさんは両親を探して無事再会を果たせました。

(よかったですね)

 

 ベアテさんのお仕事は民生局でした。ここで日本政府の代表の人達と政策を作っていったそうです。ある日20人ぐらいが極秘に呼ばれました。憲法制定会議が極秘のうちにできたそうです。人権担当が3人でそのうちの一人がベアテさんでした。その時若干22歳でした。図書館まわり世界各国の憲法集めたそうです。草案作成命令ではわずか一週間なのでもうものすごくいそがしかったようです。ベアテさんは「何が日本にあうのか」「何が日本の女性に必要なのか?」を考えたそうです。そうして、いろんな権利をいれようと考えました。具体的に詳しく入れました。

(いままでは国のためのなので、権利なんてなかったもの)

 

 運営委員会に条項推薦したら、男性委員達が社会福祉条項に反対しました。理由は「これは民法だ」というものです。でもベアテさんは民法改正まっていたらとても時間かかりいつの事になるのかわからないといい激しくくいさがったそうです。ベアテさんの草案は削られて短くなりましたが、こうして「婚姻は両性の合意に・・・」という24条   「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利・・」という25条などがつくられていったそうです。かなり縮められて不満でしたが、受け入れるしかなかったそうです。

 

 草案が日本政府にわたり、1ヵ月後3月4日民生局運営委員会と日本政府代表との秘密会議がありました。ベアテさんは草案作成者でなく、通訳として呼ばれました。会議はもめにもめました。とても長引き大変なものだったそうです。天皇制はかなり時間とったそうです。どの文字つかうとか、細かい細部まで議論されたようです。日本政府はベアテさんの通訳には好印象もったそうです。日本政府の依頼した通訳もいたそうです。最初はみんな男女平等に反対したんですが、午前2時、日本側は24条を通過させました。

  当時、政府はあまり喜びませんでしたが国民は喜んだそうです。 ただマッカーサーによりかかれた事を知らない人が多かったそうです。占領軍が返ったとたん、保守学者・保守政治家から改正主張し始めました。ベアテさんは「押し付け憲法といいますが、自分達のより良いものを押し付けといいますか?」と言いました。

(当時の生き証人の証言を是非記録に)(確かにアメリカ憲法より1歩進んだ当時最先端の憲法だったかもしれません。)

 

 1885年から女性投票の主張あったそうです。日本は歴史的に輸入してそれを自分のものにしてきました。憲法の作者はGHQ?市民グループ?政党?ベアテさんは「憲法の本当の作者は歴史の英知では?」と。

(とんでもない人権無視の政治・社会・戦争など悲惨な歴史を繰り返してきた過去の世界中の教訓がそこには生かせようとした努力があるのかもしれませんね。)

 

 占領がおわりアメリカで職探しをしましたが、当時アメリカでさえ女性はお仕事得にくかったそうです。数ヶ国語ができる人材なのに・・。仕方なくバレエ・モダンなどのダンス教室にしたそうです。市川房枝さんがきたときは通訳となりました。市川さんとアイゼンハワー大統領の面談がありました。

戦後、はじめての女性の投票できる選挙をみたそうです。さまざまなおおくの女性達が投票に訪れました。すごかったそうです。女性代議士が39人当選したらしいです。

 「権利もらっても、それを毎日の生活にとりいれるのは大変です。歴史的に60年は長くないです。草案権利が毎日の生活に生きること願っています」ということでした。

 

「政府案は拒否されたから・占領下だから押し付けだ!」

「市民から・政党から草案がだされて生かされているから押し付けでない!」

議論はつきることなさそうです。でも戦前のは国民のためでなく、国家のための憲法です。国が国民に科すものでした。たとえ押し付けだったとしても、今のほうがはるかにいいです。参政権すらないし道徳・愛国心・富国叫ばれて、良妻賢母強制されるのもねえ・・。


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ayu15

hmさんありがとうございます。ベアテさんのエネルギーすごいです。
by ayu15 (2007-10-27 10:15) 

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